ゴトウ学習塾

 当塾が毎月発行している塾だよりが今月200号という節目を迎えた。 
 第1号発行は1998年4月20日。冬季長野オリンピックが開催され、郵便番号が5桁から7桁に変わり、洋画「タイタニック」がヒットし、「和歌山毒物カレー事件」が世を騒がせた、そんな年である。
 教育関連では、文部省が「平成14年度小中学校新学習指導要領案」を発表し「ゆとり教育」を打ち出した年。学習塾市場を見ると、1960年台から注目を浴び始めた学習塾は団塊ジュニア世代には全盛期を迎えた。しかし、大学全入時代への突入や少子化の進展、教育に対するニーズの変化による影響などにより1998年を境に全国の塾数は徐々に淘汰され現在に至っている。
 1998年というと今から17年前である。だが、実際の当塾の歴史は30年を超える。手元には1995年発行の塾だよりもある。探せばもっと古い塾だよりも見つかることだろう。つまり、現在の四反田教室が建てられ会社組織となり、塾だよりがしっかり形式化されて定期的に発行され始めたのが17年前であり、それ以前は諸般規定に縛られることなく必要に応じて塾からの情報が発信されていたのである。固定観念なき古き良き時代がそこにあった。
 当塾は家庭教師の依頼を受けたことを原点に、そこから私塾教育の必要性・重要性を見出し今日に至っている企業である。市内各所に教室展開をし、気仙沼初の予備校を開校したことも今となっては実に感慨深い。その道程は決して平坦ではなかったが学びたい・向上したいという塾生たちの意欲に励まされ、塾を信頼し支えてくださる保護者の皆様に後押しされ、そして地域の皆様のご理解・ご鞭撻のお蔭で今日のゴトウ学習塾があると思っている。中でも忘れてならないのは、東日本大震災発生後に多くのご支援を頂いたことである。北は北海道から南は沖縄まで、同業者、各企業団体、学校・幼稚園、個人の皆様から励ましの言葉と共に届けられた参考書、図書、文房具等々。筆舌に尽し難いほどの多大なるご支援を頂いたことは終生忘れないだろう
 塾史を繙くと思い出と感謝の念は尽きない。「ゆとり教育の行き着く先と学習塾の社会的使命」と題された塾だより第1号では、結びで次のように記されている。
【幸いに我々は外的規制にとらわれることなく自分たちの教育理念に基づいた教育を真剣に追求してゆく自由を与えられています。500名近くのお子様をお預かりしている現在、この自由の価値を深く認識し、明日を担っていく子供たちを育成すること。これが塾の社会的使命であると同時に、ゴトウ学習塾の教育理念でもあります。】
 少子化の影響で塾生の数は減少し、時代と共に子どもたちの様相も変化しているが、時代を超えて変わらぬ大切なもの、それが「教育」である。塾だより第1号に記された教育理念は、現在も変わらず当塾の指針の礎となっている。
 最後に、今後も地域に貢献できる学習塾・予備校を目指し、時代と共に、地域と共に、歩んで行くことをお誓いして200号記念に寄せる結びの言葉としたい。
                                                               
                                                  2015.3.1